【考古学】平和な時代とされる縄文人の頭骨に武器によって破壊的に突かれた痕跡、東大が発見 ネット「頻度の差の違い」「魂を天に還すため?」

evolution,進化科学
0001ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 20:57:22.87ID:HURuvpJv

平和な時代とされる縄文人の頭骨に武器によって破壊的に突かれた痕跡、東大が発見

 東京大学(東大)は4月4日、これまでは「輸送による破損」とされていた、1920年に岡山県で発掘された縄文人の頭骨に、鋭利な利器(刺突具)で破壊的に孔が開けられた痕跡があることを発見したと発表した。

 同成果は、東大大学院 理学系研究科 生物科学専攻の平野力也大学院生、東大 総合研究博物館の海部陽介教授らの共同研究チームによるもの。
 詳細は、日本人類学会が刊行する人類学に関する欧文学術誌「Anthropological Science(Japanese Series)」に掲載された。

(以下略、続きはソースでご確認ください)

マイナビニュース 2024/04/05 15:08

平和な時代とされる縄文人の頭骨に武器によって破壊的に突かれた痕跡、東大が発見
東京大学(東大)は4月4日、これまでは「輸送による破損」とされてきたが、1920年に岡山県で発掘された縄文人の頭骨に、鋭利な利器(刺突具)で破壊的に孔が開けられた痕跡があることを発見したと発表した。

https://news.mynavi.jp/techplus/article/20240405-2921540/

→ この発言にコメント

▼追加ソース

縄文時代 - Wikipedia

↑より引用
縄文時代(じょうもんじだい、旧字体:繩文󠄁時代)は、日本列島における時代区分の一つである。旧石器時代の後に当たり、世界史では中石器時代、または新石器時代に相当する時代である。

破壊的に突かれた縄文人の頭骨を発見 -縄文時代の暴力の実態を探求するための新資料-
図1:刺突の痕跡が発見された縄文人骨(顔面の欠損した頭骨を前からみたところ)と利器として想定される鹿角 【発表...

↑より引用
【発表概要】

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の平野力也大学院生は、1920年に岡山県で発掘された縄文人の頭骨に、鋭利な刺突具で破壊的に孔をあけた痕跡があることを発見し、東京大学総合研究博物館の海部陽介教授とともにその成果を報告しました。

開催が2024年5月16日まで延長された東京大学総合研究博物館を会場とした「骨が語る人の生死」展で一部の人骨が公開されているようです。入場は無料との事なので気になる方はこちらからどうぞ↓

骨が語る人の「生と死」 日本列島一万年の記録より 東京大学総合研究博物館

論文はこちら↓

縄文時代人骨における人為損傷の新報告と既存3例の再検討
J-STAGE

↑より引用
この損傷について,肉眼およびCT画像を用いて法医人類学的観点から検討したところ,それは典型的な人為損傷の特徴を示し,形態的に「刺器損傷」に分類すべきものであることがわかった。

考古学は新しい発見から定説が覆される事が多い分野なのでロマンがあります。

0002ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 21:08:27.32ID:LSC6lDei

そら、弥生人が大陸から侵攻してきて国を奪うのだから、戦争ぐらい起きるだろう。考古学者は馬鹿なのか?

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0031ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 09:26:29.53ID:Zr822xKt

>>2
渡来人と縄文人が争闘した証拠はないよ。

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0035ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 10:35:54.92ID:A1YtshG+

>>31
なことはもはやない
なお、この頭蓋骨は特に状態が良かったもの

弥生時代に謎の大量殺戮? 大量の人骨をDNA分析、弥生人のルーツたどる 鳥取・青谷上寺地遺跡(1/2ページ)
鳥取県埋蔵文化財センター(鳥取市)や国立科学博物館(東京都)などが連携し、鳥取市青谷町の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡から出土した弥生時代後期(2世紀後半…

https://www.sankei.com/article/20180815-AXJUJJVBLRJ7BNNK5ROY4U6XX4/
弥生時代に謎の大量殺戮? 大量の人骨をDNA分析、弥生人のルーツたどる 鳥取・青谷上寺地遺跡

https://www.sankei.com/resizer/o2TrsqPxREgzXTLy7LdMNFGSO9o=/480×600/smart/filters:quality(40)/cloudfront-ap-northeast-1.images.arcpublishing.com/sankei/NCWXOA4EIFJU5J63PQABQFXXU4.jpg
 鳥取県埋蔵文化財センター(鳥取市)や国立科学博物館(東京都)などが連携し、鳥取市青谷町の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡から出土した弥生時代後期(2世紀後半~3世紀)の人骨のDNAを分析する研究を始めた。

 弥生後期は、大陸や朝鮮半島からの渡来人と在来の縄文人の混血が進んだ時期と考えられるが、人骨の出土例は全国的にも少なく、DNAが本格的に分析されるのは今回が初めて。日本人の成り立ちの解明につながる成果が期待される。

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0003ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 21:10:59.21ID:c2TaW7du

> このような損傷が生じる背景として、先行研究では暴力行為に絞って議論がなされていたが、死亡直後でも同様な形態の損傷が生じ得ることから、死後の儀礼行為として遺体を損壊した可能性も考える必要があるとしている。

頭蓋骨に閉じ込められた魂を天に還すためとか?

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0004ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 21:24:20.07ID:YLlLhV2j

【考古学】平和な時代とされる令和人の頭骨に武器によって破壊的に突かれた痕跡、○大が発見

そりゃ、そういうことも可能性としてはあるだろ

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0010ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 22:17:58.09ID:jcCvhogv

インカ文明の集団墳墓では、しばしば頭骨に大きな穴の開いた物が発見されるため、
古代インカ帝国では(神秘主義的な)頭部穿孔が流行していたとする者もある。

これの可能性はあるのかね。
知らんけど

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0015ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 23:05:03.89ID:mgPwfd6W

>>10
インカ文明・帝国における穿孔術は、70%が成功していたんだよな

古代インカの穿頭術、成功率は70%を超えていた
インカ帝国の最盛期に、頭蓋骨に穴を開ける治療法が国内のいたるところで行われ、術後の生存率も驚くほど高かったという。インカ帝国でこの治療法が発達した理由は、彼らが使っていた武器にある。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/a/070400041/
インカ帝国、そして中南米・北米の諸文明・文化の主要な武器は棍棒や斧だったから、
頭部受傷による脳内血腫の患者に対する外科医の対応が穿孔術だったのではないか、という推測は成り立つだろうし、
当時の日本が同様の状況だったんじゃないかという推測も、同様に成り立つだろう

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0051ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 14:45:20.55ID:Sb/P98YI

>>15
穿孔術かどうかは穴の形やその後の治療痕で分かる
雑に頭蓋骨が割れてて治った形跡もないなら、少なくとも穿孔術ではない

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0016ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 23:21:06.55ID:QyluKZ8o

平和な江戸時代だって人殺す人間はいただろ。ゼロではないという話。

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0017ヨロロの名無しさん2024/04/05(金) 23:27:48.04ID:MwcZisVR

だよね
どんなに治安良くなっても人が集団でいるかぎり殺人をゼロにするのは無理なんだから

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0024ヨロロの名無しさん 警備員[Lv.3][新][苗]2024/04/06(土) 02:13:55.92ID:TvgrVBof

脳外科手術の跡かもしれない

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0028ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 09:11:57.69ID:eukPOHZP

弥生人とか異民族が少しずつ侵入してくるからな。
○○時代なんか後から勝手に名前をつけただけだし。
弥生時代や明治時代になって急に変わるわけじゃない。

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0033ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 10:06:13.28ID:fFq13ujt

学者とかやたら縄文とか江戸時代をパラダイスみたいに言うからな
そんなわけないって

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0034ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 10:30:06.68ID:A1YtshG+

縄文時代は一枚岩じゃない

https://i.imgur.com/QmujyNi.jpeg

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0036ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 10:47:12.19ID:wMxQJbzk

狩猟採集の場合、密度が低いし定住してないので、殺し合いにまで発展することは少ない

縄文人は準農耕で定住してたから、弥生人程ではないにせよ、殺し合いがあった可能性はあるだろ

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0041ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 11:40:22.59ID:5mbSIDtm

まぁ1万5000年も続いたからないろいろあるわな

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0049ヨロロの名無しさん 警備員[Lv.3][新][苗]2024/04/06(土) 14:28:28.24ID:PkXk4DDk

隣人トラブルはいつの時代にもあるもんさ。

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0055ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 14:49:52.86ID:IXeiACDz

頻度の差の違いを言ってるのにいつから全く争いが存在しなかった事になってるんだ?

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0056ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 14:57:29.29ID:Sb/P98YI

狩猟採取してた縄文人は戦争とは無縁だった、というのも割と嘘だよな
狩猟採取民にとって良い狩り場の確保は死活問題だろうし、人口密度も
農耕民から見たら比較的低いだけで、狩猟採取民として環境収容限度
一杯にまで人口はいたはず

草食動物みたく、広大な地域を常時放浪しながら移動生活していたなら
まだしも、曲がりなりにも小屋を立てて住んでいた縄文人にとって他部族と
狩り場を分かち合うような余裕はなかっただろう

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0060ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 15:20:37.47ID:CpP/V1Js

純粋な狩猟採集社会だと、アマゾンのように1つの部族に20kmぐらいの森が必要らしいんだよ
それじゃ効率が悪いし人口も増えない

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0062ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 15:57:35.32ID:XkXVS71B

>>60
自然増がないほどの過酷な環境じゃないから、人口が増えないのは、自然増で土地の生産力を超えた分は餓死するか
戦死するからだぞ

で、そこで戦争じゃなくて餓死を選んだ部族や戦争に負けた部族は消えて、好戦的で戦争に強い部族だけが残る

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0063ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 16:13:56.80ID:CpP/V1Js

>>62
村ごとに20kmの森が必要な狩猟採集VS狩猟採集だとそうなるよね、飢饉とかのときは特に。
そこで農耕の技術によって、より多くカロリーを得られるようになると、人口が飛躍的に増えて
分業が起こって文明が出来たわけで

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0064ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 16:50:25.35ID:h9jxs8uq

ただ、穴の位置がちょっと不自然だよね。

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0066ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 17:10:02.51ID:VrLc5Rl2

>>64
>>35なんかは復元するために特に状態がいいものを選んでんだよね

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0070ヨロロの名無しさん2024/04/06(土) 19:18:45.71ID:wbO/Fflk

いくら平和な時代でも個人間の殺人事件はあったと思うぞ

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